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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)10071号 判決

原告(選定当事者)

入江史郎

松田隆三

山川博康

糟谷一郎

右原告ら訴訟代理人弁護士

浦功

菅充行

下村忠利

被告

エッソ石油株式会社

右代表者代表取締役

エル・ケイ・ストロール

右訴訟代理人弁護士

小長谷國男

山田忠史

今井徹

山田長伸

別城信太郎

主文

一  被告は原告らに対し、金二五八万二九三〇円及びこれに対する昭和五八年三月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、金二五八万二九三〇円及びこれに対する昭和五八年三月二六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告らは別紙選定者目録記載の選定者らによって選定当事者に選定された(以下、原告らと選定者らを「原告ら」という)。

(二)  原告らは被告の従業員であり、かつて被告従業員の一部が加盟するスタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下「ス労」という)の組合員であったが、昭和五七年九月二五日スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合(以下「ス労自主」という)を結成し、同年一〇月一四日までにス労組合員たる地位を喪失した。

2  被告は同年一〇月二五日から同五八年三月二五日まで原告らの毎月の賃金及び同五七年一一月支給の一時金から別紙損害額一覧表記載のとおりス労組合費をチェック・オフ(以下「本件チェック・オフ」という)し、ス労に交付した。

3  本件チェック・オフは違法である。

(一) 被告が従来行ってきたス労組合費のチェック・オフはス労との間のチェック・オフ協定によるものではなく同組合員個別の依頼によるものであったが、後記のとおり、原告らはス労自主に加盟直後被告に対しチェック・オフ停止を求めた。したがって、被告は本件チェック・オフをすることはできない。

(二) ス労と被告間にチェック・オフ協定があったとしても、ス労は漸次労働組合の実質を喪失し、同五七年九月二五日ス労自主の結成により消滅し、同日チェック・オフ協定は失効した。したがって、被告はス労、ス労自主を問わず組合費をチェック・オフすることはできない。

(三) ス労と被告間のチェック・オフ協定が存続しているとしても、前記のとおり、原告らは同年一〇月一四日までにス労組合員たる地位を喪失したから、爾後右協定の適用を受けない。

4  被告は3(一)ないし(三)の事実を知りながら、或いは知り得べき状況にありながら、ス労自主及び原告らス労自主組合員に対する不当労働行為目的のもとに本件チェック・オフを継続した。

(一) ス労自主結成後、ス労自主に属することを決した、京浜支部連合会を除くス労傘下の支部、分会連は同月一二日被告に対し、組合費引去り依頼変更の件と題する書面により、同月以降チェック・オフに係るス労組合費を各支部、分会連が指定する銀行口座に入金するよう申入れていた。

(二) ス労自主及び同傘下の支部、分会連は被告に対し、同年一〇月一四日書面により、組合結成通知及びス労自主加盟通知をすると共に中央執行委員長名で団体交渉申入れをなし、同月一八日中央執行委員長名の書面により本部役員名を通知した。

(三) ス労自主は同月二〇日、同月二二日、同月二九日被告に対し、中央執行委員長名の書面により、被告がス労自主の団交申入れ及び(一)の申入れを無視、放置していることに抗議した。

(四) ス労自主支部、分会連は同年一一月五日被告に対し、所属組合員作成に係る被告宛の組合費引去停止依頼書を添付した組合費引去りについてと題する書面により、被告が同年一〇月二五日右組合員らの賃金からス労組合費をチェック・オフしたことに抗議し、右組合費を指定する銀行口座に入金するよう申入れた。

(五) ス労自主は被告に対し、同年一一月一〇日所属の組合員からするチェック・オフ組合費の振込先変更依頼をなし、同年一二月一三日被告が一一月分のチェック・オフにつき右申入れを無視したことに抗議した。

(六) ス労自主は同年一二月一五日被告に対し、所属組合員の署名のある団結署名書を添付した中央執行委員長名の書面により、被告がス労自主の団交申入れを無視し、右組合員からス労組合費のチェック・オフを続けていることに抗議した。

(七) ス労自主は同五八年一月一四日被告に対し、所属組合員の署名のある抗議署名書を添付した中央執行委員長ら本部役員連名の書面により、同旨の抗議をし、被告が同五七年一〇月以降チェック・オフしたス労組合費の返還を求めた。ス労自主はその後も被告に対し同様の抗議、申入れを繰返した。

(八) ス労自主は結成後何回も全国大会を開催し、また同五七年一二月二日を初めとして同五八年三月まで数回に亘り被告に対しストライキを通告し実施した。

(九) 被告は、原告らがス労を離脱してス労自主を結成し独自の組合活動を展開していることを熟知していた。

5  本件チェック・オフが原告らに対する不法行為であることは3、4の事実に照らし明白である。

原告らは本件チェック・オフにより前記一覧表記載のとおり合計二五八万二九三〇円の損害を蒙った。

6  よって、原告らは被告に対し不法行為による損害賠償として金二五八万二九三〇円及びこれに対する最終不法行為日の翌日である同五八年三月二六日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と主張

1(一)  請求原因1(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実のうち、原告入江史郎、同糟谷一郎、選定者中西敏勝、同西塚美千子、同上村敏行を除く原告らが被告の従業員であり、かつてス労に属し、現在ス労自主に属していることは認めるが、ス労自主の結成日及び原告らがス労組合員の地位を失ったことは知らない。

被告は同五九年七月二五日右原告入江ら五名を懲戒解雇した。

2  同2は認める。

3  同3冒頭の主張は争う。

(一) 同(一)の事実は否認する。被告はス労との間でチェック・オフ協定を結んでいる。被告は原告らからチェック・オフ停止の要求を受けたことなく、チェック・オフした組合費の振込先の変更依頼を受けたにすぎない。

(二) 同(二)の事実は否認する。ス労は被告がス労自主結成通知を受けた後も存続し、被告との間のチェック・オフ協定も有効に存続している。

(三) 同(三)の事実のうち、原告らが同年一〇月一四日までにス労組合員の地位を失ったことは不知、その余は争う。

4  同4冒頭の事実は否認する。

(一) 同(一)ないし(八)の事実は認める。

但し、前記のとおり、原告ら及びス労自主は被告に対し組合費のチェック・オフ自体の停止を求めたことはなく、チェック・オフした組合費の振込先変更を依頼していたにすぎない。また、後記のとおり、被告はス労自主の各申入れを無視、放置していたのではなく、原告らのス労脱退の有無及びス労自主の関係を知るため、両組合や原告ら個人に対し照会を繰返したが終始的確な回答が得られず、対応に苦慮していた。

(二) 同(九)の事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

6  主張

(一) 被告は、同五八年四月に至るまで、原告らがス労組合員たる地位を失ったことを確知できなかったため、原告らをス労組合員として扱い、ス労とのチェック・オフ協定に基づき本件チェック・オフをした。

ス労は被告がス労自主結成通知を受けた後も存続し、チェック・オフ協定も有効に存続していることは前記のとおりであり、仮に、組合員個人からチェック・オフ停止の申出があっても、被告において、右チェック・オフ協定に反し、直ちに組合費のチェック・オフを停止することはできない。

(二) 被告が原告らをス労組合員として扱い本件チェック・オフをしたことは正当であり、何ら非難される理由はない。

(1) ス労においては同五七年ころから内部抗争が激化していた。被告は、同年一〇月一二日ス労エッソ大阪支部執行委員長上村敏行名の書面により、チェック・オフに係る同支部所属の組合員の組合費の振込先変更依頼を受け、同月一四日ス労自主中央執行委員長糟谷一郎代理人入江史郎名義のス労自主結成通知書を受取った。ス労自主名義の書面には原告らを含む三六名が名を連ねていた。引続き、被告は同月一五日ス労本部から、同日現在組合員から脱退届の提出はなく、右組合費の振込先変更依頼及びス労自主結成通知は一部組合員の動きにすぎずス労の容認するところではないから、被告においてこれらの動きに援助を与えないようにとの申入書を受取った。

(2) そこで、被告は同月二〇日及び二七日の両日、未だス労自主を組合として認め得る状況になかったため、ス労自主中央執行委員長と称する原告糟谷一郎個人に対しス労脱退の有無を問合わせたが回答を拒否された。他方、被告はス労に対しても再三右三六名のス労脱退の有無を照会していたが、同年一一月二六日回答を拒否された。次いで、被告は同月三〇日付で右三六名に対し個別にス労脱退の有無を問合わせたが回答は得られなかった。

(3) ス労は被告に対し、同年一二月二三日及び翌年一月三一日行われた団体交渉の席上で右三六名がス労組合員であることを確認し、また、同年三月八日付賃上げ要求書提出時においても右三六名がス労組合員であることを確認した。また、ス労は大阪府地方労働委員会に対しても同年二月八日付文書で、ス労自主組合員なる者の脱退及び除名はないと申述した。

(4) ス労自主は、一方では、ス労は死滅したと主張し、他方では、ス労自主ス労内において合法的に結成した組織であるとか、ス労の名称変更であるとか、ス労自主支部等はス労自主とス労に二重加盟している等と主張していた。

(5) もとより、被告は組合に対する内部不干渉を是としており、ス労及びス労自主の何れの主張を正しいとするものではない。しかし、ス労自主の主張は混乱しているうえ、その法的意義は被告の理解を超えるものであった。このような経緯のもとで、被告において原告らがス労組合員たる地位を失ったと判断することは不可能であり、軽々に原告らからのチェック・オフを停止することはス労に対し協定違反を犯す危険があり、慎重に対処せざるを得なかった。

(6) ス労自主は同年三月二五日被告に対し、前記労働委員会が同月一〇日行ったス労自主の労働組合資格審査決定の決定書写しを提出した。また、ス労自主が同年四月一日被告に提出した抗議及び団体交渉要求書には前記三六名の委任状が添付されていた。かくて、被告は事情を総合判断し、同月五日ス労自主との間で正式に労使関係を持つことに決し、同月から原告らス労自主組合員に対する組合費のチェック・オフを中止した。

(7) したがって、被告が原告らをス労組合員として扱い本件チェック・オフをしたことに何ら責められる点はない。

三  抗弁

1  原告らの本訴請求債権は、実質上不払賃金の支払を求めるものであるから、労働基準法一一五条の適用により、同五七年一〇月二五日から同五八年三月二五日までの各賃金支払日から二年を経過したことにより時効消滅した。

2  然らずとしても、原告らの本訴請求債権のうち、同五七年一〇月二五日、同一一月二五日分は各同日から三年を経過したから、民法七二四条により時効消滅した。

3  被告は本訴において右消滅時効を援用した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2は争う。

五  再抗弁

原告らは被告に対し、同六〇年一〇月一四日到達の書面により本件請求をし、同年一二月九日本訴を提起したから、時効は中断した。

六  再抗弁に対する認否

争う

第三証拠(略)

理由

一  本件訴状添付の選定書及び原告入江史郎本人尋問の結果によると、請求原因1(一)の事実が認められる。

二  請求原因1(二)の事実のうち、原告らは被告の従業員であり(但し、被告は昭和五九年七月二五日原告入江、同糟谷、選定者中西、同西塚、同上村に対し懲戒解雇の意思表示をした)、ス労組合員であったこと及び同2の事実(本件チェック・オフ)は当事者間に争いがない。

三  本件チェック・オフの違法性

1  (証拠略)、原告入江本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、被告は、ス労との間で労働協約七六条二項、三項に基づくチェック・オフ協定を締結し、右チェック・オフ協定に基づき本件チェック・オフを行ったと認められ、右認定に反する証拠はない。

ス労組合員各個が被告に提出している組合費引去依頼書(甲第六九号証)は右チェック・オフ協定を確認する趣旨のものであり、組合員個別の引去依頼の撤回によって直ちに右チェック・オフ協定が失効し、チェック・オフが許されなくなるとは解されない。したがって、原告らの請求原因3(一)の主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

2  (証拠略)によると、ス労は、後記ス労自主結成後も、組織的同一性を保持し労働組合活動を続けており、右チェック・オフ協定も有効に存続していると認められるから、原告らの同(二)の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  原告らのス労自主結成とス労脱退

当事者間に争いのない請求原因4(一)ないし(八)の事実、(証拠略)、原告入江本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告らはス労組合員であったが、執行部と闘争方針の相違から激しく対立するようになり、同五七年九月二五日ス労自主を結成し、同年一〇月一四日までに全員がス労自主に加盟し、被告に通告したこと、原告らはス労自主結成後、ス労と全く無関係にス労自主独自の組合運動を展開したこと、大阪府地方労働委員会は同五八年三月九日ス労自主の労働組合資格審査決定を行ったこと、ス労組合規約八条は脱退は理由を明記した脱退届の提出と中央執行委員長の承認を要する旨定めているが、原告らはス労自主結成にあたりス労に対し脱退届を提出しなかったこと、ス労執行部はいち早くス労自主結成と原告らの加盟を知ったが、ス労自主の結成を容認せず、ス労内部の一部の策動と把え、被告に対しス労自主を組合として遇さないよう申入れたが、内部的には同年一二月四日、五日開催された臨時全国大会において、ス労自主組合員の権利停止をする旨の機関決定をしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、ス労組合規約八条は脱退の意思表示は書面によるべきこととする限度で有効であるが、書面によらない黙示の意思表示であっても、新組合の結成と独自の組合活動等の客観的事情から組合員の脱退意思が明確に看取し得る場合には脱退の効力を否定することはできないと解される。

右認定、説示によると、原告らは、同五七年一〇月一四日までにス労を集団的に離脱のうえス労自主を結成加盟し、その旨を被告に宣明し、爾後ス労の統制に服することなく独自の組合運動を行い、ス労執行部もこれを熟知していたのであるから、原告らは同日までに書面によらない黙示の意思表示によってス労を脱退したものと認めるのが相当である。

そうすると、原告らは全員同日までにス労組合員の地位を喪失したのであるから、被告がス労とのチェック・オフ協定に基づき行った本件チェック・オフは違法であるといわなければならない。

四  被告の責任

1(一)  請求原因4(一)ないし(八)の事実は当事者間に争いがない。

そして、(証拠略)、弁論の全趣旨によると、被告の主張6(二)(1)ないし(3)の事実が、(証拠略)によると、同(4)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  (証拠略)、原告入江本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 被告において、同四九年六月二八日、一部ス労組合員によってエッソ・スタンダード労働組合(以下「エ労」という)が結成された。エ労は同日被告に対し組合結成通知及び団体交渉等の申入れをした。被告は同年七月一日エ労と第一回団体交渉をした。

(2) エ労は同月九日被告に対し、同組合員はス労を集団的に脱退した旨を告げ、所属組合員の組合費引去り停止額を添え、ス労組合費のチェック・オフ停止を申出た。被告は右申出を受け、同月一〇日ス労に対し右チェック・オフ停止を通告した。

(3) ス労は、同年六月二九日付けの機関紙でス労脱退者がでた旨報じたが、同年七月一二日被告に対し、エ労組合員の脱退届を未だ受理していないとして、右チェック・オフの継続を求めた。しかし、被告は、エ労組合員から集団的な組合費引去り停止要請があったことを理由にス労の要求を拒否し、同月分以降右チェック・オフを停止した。

(三)  (証拠略)によると、訴外モービル石油株式会社においても、ス労自主は同五七年一〇月からス労組合費のチェック・オフ停止を求めたところ、同会社は、ス労自主組合員がス労を脱退したか否か判然としないとの理由でス労自主の要求は拒否したが、同年一一月から同五八年三月までス労自主組合員からチェック・オフしたス労組合費はス労に交付せず同会社が保管し、同年七月同組合員に返還したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告は、原告らがス労組合員たる地位を失ったことの確知ができなかったため、即ち、原告らからス労自主の結成通知及びチェック・オフ組合費の振込先変更依頼(チェック・オフ停止依頼ではない)を受けたが、ス労は原告らス労自主組合員の脱退を否定し、ス労自主もス労脱退の事実を明らかにせず、ス労との関係について混乱した主張を繰返していたためその実体が把握できず、原告らがス労組合員たる地位を失ったと断定できなかったため、止むなく原告らをス労組合員として遇し本件チェック・オフをしたのであるから、被告には何ら責められる点はないと主張する(被告の右主張は、被告において原告らがス労組合員たる地位を失ったかも知れないとの認識を有していたことを意味するものであり、その限りにおいて原告らに対する不法行為成立の可能性を認識していたものといわざるを得ない)。

しかしながら、原告らス労自主組合員が被告に対しチェック・オフ組合費の振込先の変更依頼をしたことは、その法的当否はともかく、ス労自主がス労と別組織であり、原告らが最早ス労に属さないことを明らかにするものであるし、(証拠略)によると、ス労自主の被告に対する同五七年一一月五日付組合費引去りについてと題する書面にはエ労の場合と同様所属組合員個別の組合費引去停止依頼書が添付されていること、(証拠略)によると、ス労自主の被告に対する同年一二月一三日付抗議書にはス労自主組合員はス労に属していないことを明記してあることが認められ、一方、(証拠略)によると、被告は同年一〇月二九日当時既にス労自主とス労は別組織であるとの認識を有し、また、(証拠略)によると、被告は右時点において原告らがス労を脱退したと判断すべき基礎事実の重要部分を認識していたことが認められる。而して、(証拠略)、弁論の全趣旨によると、被告が本件チェック・オフを継続した根拠はス労自主及び所属組合員から被告に対してス労を脱退したとの申告がなかったことに尽きるのであって、右申告があれば、被告は脱退の有無、成否、ス労の意向を問わずチェック・オフを停止したであろうことが認められ、被告の右対応は前記エ労発足の際の取扱と軌を一にするのである。

ス労自主の行った同組合の成立及びス労との関係についての混乱した主張は、前記のス労自主結成後のス労自主とス労それぞれの組合活動に照らせば、ス労自主の正当性を訴えるための強弁或いは弁解にすぎないことが容易に窺えるのであり、特に被告の判断や対応を困惑させる程のものではない。

してみると、前記のとおり、原告らは同五七年一〇月一四日までに書面によらない黙示の意思表示によってス労を脱退のうえス労自主を結成加盟し、ス労組合員の地位を喪失したと認められるのであり、当事者間に争いがない請求原因4(一)ないし(八)の事実及び右説示によると、被告は原告らの右実体を了知し得べき状況にあったというべきであるから、被告がス労自主及び原告らからス労脱退の申告がないという形式的理由に拘って本件チェック・オフを継続したことを正当とは認め難い。

被告は本件チェック・オフの停止はス労に対する協定違反を犯す危険があったと主張するが、被告においてはス労自主及び所属組合員からス労脱退の申告があれば脱退の有無、成否、ス労の意向を問わずチェック・オフを停止するのであるから、ス労に対する協定違反の危険という点で彼此大差はなく、被告が格別ス労との関係について配慮していたと認めることはできない。

被告の対応は、前記訴外モービル石油株式会社のとった措置(但し、同会社の行ったチェック・オフそれ自体の不法行為性はさて置く)と対比すると、慎重であったというより強硬にすぎたと評すべきである。

3  以上の認定、説示によると、被告は本件チェック・オフを行ったことにつき少なくとも過失による不法行為責任を免れない。

五  原告らの損害

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。したがって、原告らは被告の本件不法行為により別紙損害額一覧表記載のとおり合計二五八万二九三〇円の損害を蒙ったと認められる。

六  消滅時効

1  被告は労働基準法一一五条の適用を主張するが、原告らの本訴は不法行為に基づく損害賠償請求であるから、同条の適用があるとは解されない。したがって、被告の抗弁1は失当である。

2  (証拠略)によると、原告らは被告に対し同五七年一〇月一四日到達の書面により本件請求債権の支払を求めたことが認められ、本訴は同年一二月九日提起されたことは明白であるから、被告主張の民法七二四条の時効は中断した。したがって、被告の抗弁2は採用できない。

七  以上の説示によると、被告は原告らに対し金二五八万二九三〇円及びこれに対する同五八年三月二六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。原告らは商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるが失当である。

よって、民訴法八九条、九二条但書、一九六条一項にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 市村弘 裁判官 鹿島久義)

選定者目録(略)

選定者の各損害額一覧表

〈省略〉

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